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2011/08/23

小松島港に日本丸が寄港、平成23年8月

2011821_004徳島の熱狂的な阿波踊りが終わりました。昔は、高速道路もない、神戸淡路鳴門自動車道もない、当然、大鳴門橋や明石海峡大橋もありませんでしたので、お盆や年末の京阪神方面からの往来はフェリー

が一般的で、小松島港周辺は、車や人でごった返していました。もっと以前は、フェリーもなく(2等)乗客は船底の客室へ降りていったものです。

船が小さいですから、少しの波で大揺れに揺れ、通路上に置かれていた冷水機が横倒しで水浸しというようなことも子供心に記憶しています。この小松島港は、国鉄(JR)が乗り込んでいましたので、船から降りた乗客が地方へ帰っていくのに、大きな荷物を手に手に、接続汽車の方へ我先に走っていたのも思い出しました。

その頃は、関西汽船も就航していました。神戸、北大阪方面へ行くのは関西汽船。和歌山、奈良、大阪南方面へ行くのは南海汽船に乗船、和歌山港で南海電車に乗って大阪難波へと相場は決まっていました。

旅行だけでなく、就職も、徳島県内各地から、この小松島港に集まってきました。当時は集団就職といって、団体で京阪神から関東方面の企業へ就職していったものです。その頃は、高度成長真っ盛り、金の卵と言われた中卒の就職組の子供たちが県外企業へ巣立っていった港が、この小松島港です。出港のどらの音が鳴り、ホタルの光がながれ、見送りの両親たちと船とで別れのテープが切られていく光景がアリアリと脳裏に浮かんできました。

小松島港駅を降りた乗客が、我先に、船内の居場所を確保しようと一目散。港内入口付近で、小松島名物の竹竹輪売りの名物おばちゃんがいました。「ちっかいらんでぇ~」そんな名物おばちゃんも今はいません。

本州四国連絡橋もできて、徳島はずいぶん、大阪と近くになりましたが、あのゆっくりした日が懐かしいです。月日の経つのは本当に早いものです。今は昔、寂れた小松島港がありました。諸行無常。

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