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2011/09/08

小松島港元南海フェリーターミナル付近2011年9月8日

201198_0022011年9月8日、きのうに続き、きょうも小松島港に立ち寄りました。きのうの場所からはチョッと南側です。きょうは海上保安庁の船が停泊していました。あの場所は、50センチオーバーのチヌが釣れるし、タコは釣れるし、季節的に、今頃は、カワハギが入れ食い状態で釣れる場所であっただけに非常に残念です。写真手前の岸壁も大きなタコが釣れる場所ですが、いまはヨットの浮き桟橋ができ、その浮き桟橋を係留するロープが何本も張られ、その上、柵が作られてタコのテンヤをひくことが出来なくなってしまいました。

201198_001いま、この元南海フェリーターミナル社屋付近は、港の公園として整備され、見た目はキレイになりましたが、以前のような賑わいは全くありません。以前なら、早朝の船便で京阪神から釣り客が、小松島フェリーでやって来て、南海フェリーや関西汽船桟橋周辺で釣りを楽しんで、小松島フェリーの夕方便で関西方面へ帰る人がたくさんいました。

いつの間にか顔見知りになった、大阪の釣り客は、事前に、小松島港周辺の釣り情報を電話で問い合わせて来て、その情報によって、狙う魚種を決めて、エサを調達していたようです。大阪の釣り人は高級なエサをいっぱい持って来るのですが、小松島フェリーの夕方5時頃の大阪便に乗らなければならないので、エサがどうしても余りがちです。そんな余ったエサを地元の人に「貰ってください」と言って、置いていくことがいつもの常でした。

そんなことから大阪や、神戸方面の人達と、釣りを通しての人的交流も盛んであり、小松島の人は、毎日のように港の状況を連絡していたし、関西の人は港周辺の釣り情報を聞くために電話が掛かっていたものです。

話しのついでに思い出しましたが、それよりズーッと以前はまだ、フェリーは就航していませんでした。一般旅客は、船底に降りていった話は以前の投稿で致しましたが、もっと昔の「南海汽船」が紀伊水道の沼島沖でマゼ(南東の季節風)を受けて沈没し、遭難、乗員乗客全員死亡の海難事故の報が徳島県庁横の掲示板に貼りだされているのを思い出しました。遠い昔のことです。この件に付いては、不思議な体験をしていますが、また、機会があればいつかお話しする時があるかも分かりませんが・・・。

そんな悲しいことがあっても、かつての小松島港は四国の玄関であり続け、徳島の物流を支え発展を続けて来たのですが、小松島港に乗り入れていた国鉄が廃止されてからは衰退の一途を辿ることになりました。これも時代の流れかも知れませんが、あの人や物で賑わっていた小松島港を知る人もダンダン少なくなっていくのでしょう。

南海フェリーや関西汽船、小松島フェリーなど、港の変遷を見てきた者として、栄枯盛衰は世の習いとはいえ、以前の賑わいを知っているものとして、キレイに公園化された港があるのですが、現在の小松島港を見て非常に寂しく想うものであります。きょうも、また、愚痴で終わることになってしまいました。 


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