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2012/04/16

日の峰、大神子広域公園のカルガモおひとり様の池暮らし

2012415_001行方不明!約3年前から、ここ大神子広域公園内にある小さな池に一羽のカルガモが住み付いています。ウォーキング途中、いつもこの池の横の横を通って、大神子海岸に行くようにしているのですが、

最近、姿を見かけませんでした。
池に近付き呼び掛けると、いつもグェ、グェ、グェ、と声を出して応えてくれるくらい親しく?なっていましたが、その姿が見えないのです。直径15~20mほどの丸い池ですから隠れるような場所もありません。池の水面に、大きなコイが死んで浮いていましたので、ヒョッとして死んでしまったのかなぁとか、トンビに襲われてしまったのかとか心配していました。

2012412_003台風の時も、雪模様の時も、雷鳴が響く中でも、それぞれの環境を受け入れて、ひたすら池の中。その姿に、「只管打座 (しかんたざ)」を見たような想いがしていました。只管打座 とは曹洞宗を開いた

道元禅師が著した書物、「正法眼蔵」の中に出てくる言葉で、座禅には、目的を求めることなく、ただ座れ、と教えています。

その私なりの解釈は、間違いを恐れず言えば、人生、不平不満を言うことなく、与えられた環境を受け入れて、「あるがままに生きる」 。そいう意味ではないでしょうか。雨の日も、風の日も、暑い日も、寒い日も、いつも池の中。日頃の私の怠惰な生活と比して、そのひたむきな姿に畏敬の念すら感じていたものでした。

それが、つい、2週間ほどの間、姿が見えないものですから、猫やトンビに襲われた、病気で死んだ等々、いらない取り越し苦労で心配していたことは事実です。それが、4月15日、きのうの夕方、池を覗いてみると、いつも羽を休めている定位置にいたのです。いままで一体どこに行っていたのでしょうか。何はともあれ、まぁ、ご無事で何よりです。その元気な姿を見て一安心。ホっとしました。

それにしても、人間の思考回路は、何かあると、物事を悪い方へ、良くない方へ解釈しがちですね。沖縄の言葉、「なんくるないさぁ」の如く、明日はキッと良くなるの気持ちで過すことができたら、本当に幸せな毎日になるのでしょうねぇ。 そんなことを思いながらも、何か胸のツカエが取れたような爽やかなウォーキング行となった次第です。


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