2014/12/30

大神子海岸、ウォーキングで想う2014年懺悔

Om1明日は大晦日。2014年もあと僅かとなりました。ほんとうに刻の過ぎ行くスピードは速いですね。子供のときは、待ちに待ったお正月でも、今は、待たなくても、リニア新幹線並みに猛スピードでやってきます。


年齢を重ねるほど時間の経過に加速度が付いて来る。これを「ジャネーの法則」と言うのだそうです。

それでは、今年一年を振り返り、あなたにとって有意義な1年であったのでしょうか。充実した一年だったと思える人は、来年を更なる充実した1年になるようにと、そして、思い通りの一年でなかった人は、来年こそと決意を新たにしているかも知れませんね。

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2014/10/25

アインシュタインの言葉で気付く幸せな生き方

Yoake20141025_011あなたが現在、直面している問題点はどのようにして解決するのかということに付いて述べてみたいと思います。それには、まず、最初に、この世のすべてが、「因果応報の原則」、つまり「原因と結果の法則」で支配されているということです。

たとえば、職場の人間関係で、キライな同僚や上司をココロの中で責めていると、いつのまにかその責めた矛先が自分に向かい、逆に自分の身体が不調になったり、事件事故などの災厄を引き寄せたりするのです。不思議ですね。

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2014/08/06

笹井芳樹副センター長自殺に思う

2014806_006再生医療の第一人者、再生科学総合研究センター(CDB)の笹井芳樹副センター長が勤務先で自殺したというニュースを聞き、たいへんビックリしました。心身ともに疲れ果てていたということですが、何も自殺まですることはないのにと思うのですが、それは第三者の立場だから言えることであって、笹井芳樹副センター長を取り巻く社会的な環境、特に、勤務先における上司や部下との人間関係なども、自身を追い詰める結果になったのかも知れません。

2014806_010笹井芳樹副センター長は、再生医療の分野では世界的な権威であったと聞きます。小保方春子氏の論文投稿も、結果的には取り下げとはなったものの、科学雑誌ネイチャーに、笹井氏の助言とアドバイスにより共同執筆と言う形で参加することによって実現したということです。

そんな、世界的にも影響力のある権威が、「なぜ?」「なぜ、自殺までしなければならないの?」と言う感じです。「功成り名遂げる」と言うことわざがありますが、辞書で引いてみましたら、こんなこと書いていました。

その意味は、「りっぱな仕事を成し遂げ、あわせて世間的な名声を得る」こととありました。そんな、世界的な権威が、自殺を決意し、実行するまでに至った笹井氏の胸の内を想像するといたたまれません。この衝撃的なニュースをもとに、人生に付いて考えてみました。


誰もがよく知っている文部省唱歌に「仰げば尊し」がありますね。今は、卒業式では、あまり歌わなくなっているようですが。その二番目の歌詞の三節目には、学校を卒業したのちは、「身をたて名をあげ やよはげめよ」とあるように、社会に出て物心両面での成功を目指すように励みなさいと諭している個所があるのはご存知ですか。

この衝撃的なニュースを聞くと、良い大学を出て立身出世し、十分な富を得、社会的な名声を得たとしても、それがわたしたちの目的でないことが分かるでしょう。

子供の頃から学力秀逸で、社会に出てからも順風満帆で、ズッと、エリートコースを歩み、立身出世することが人生の目的だと頑張ってきても、自殺にまで追い詰められるとしたら、それは人生の目的ではないでしょう。

笹井氏がそうだとは言いませんが、何の苦労も、失敗も、挫折もなく生きてきた場合、突然、何の障壁が現れると、もうどうしていいか分かりません。そして、概して、世間体や、他人がどう思うかなど、プライドが邪魔をして、その困難な状況を受け入れることができなくなるのです。

もし、わたしが、同じ立場、状況になったら、案外、単純に、「ごめん、あかん、もうやめる」と言って逃げ出すと思います。無責任と言われようが、ずるいと言われようが、「そんなの関係ネェ」です。あとは、「なるようになれ!」、それが「ケセラセラ」(Whatever Will Be, Will Be)です。わたしの能力からして、実際は、ありえないのですが・・・。

いまの時代、学歴偏重と言う風潮は少なくなり、自由自在な生き方を模索する人が増えてきてますが、毎月の給料が貰えないので、生活できないからと、サラリーマンからスピンオフすることに逡巡する人は多いです。でも、今は、上場企業でも倒産する時代です。一流企業に入れば一生安泰とは行かない時代です。

安定した職場にいても、他人や、同期入社の同僚にだけは先を越されないようにと、競争に明け暮れるだけの毎日。上司や部下との人間関係もストレスがたまる原因です。表面だけはニコニコして、内心はお互いトゲトゲって疲れます。そんなストレスが溜まっていくと、ある日、臨界点に達し、病気や事故につながっていくのです。この原理は事実です。

そんな人生が幸福でないことに目覚めて、新しい生き方を模索する人で、新規就農を考えている人の相談が、だんだん増えてきたように思います。大学を出て職人になったり、陶芸家、漁師、林業家になったり、親の反対をよそに就職しないで、ネットビジネスを始めたり、いろいろです。

組織と言う大きな機械の一歯車でいるより、そして、命令ばかりされてストレスをためる人生より、「自分自身が機械そのものになる生き方」に目覚める人が増えているのを実感しています。つまりは、自分の生き方に、自分自身が、人生に責任を負う生き方が増えてきたのです。

通勤ラッシュに無関係で、時間に追われることがない、いつでも好きなことをして暮らす生き方は最高です。生活には、何の保証もありませんが、何をしても自由です。小鳥たちの鳴き声に目覚め、白い雲の流れ行く先を想像し、沈みゆく夕日に感謝しつつ眠りに付くのです。それでも、また、明日はやってきます。ケセラセラです。

再生医療の権威の自殺と言う、衝撃的なニュースを聞き、自由な生き方に付いて徒然なるままに書いてみました。


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2012/11/27

美味しいトマトの育て方に学ぶ

あなたは、美味しいトマトの育て方を知っていますか?

また、あなたは家庭菜園を持っていますか?
最近、マンション暮らしでも、ベランダ園芸やキッチン園芸などが静かなブームになっているのをご存知ですか?

植物が、日に日に成長していく姿を見と、人は癒されるのですね。

そして、土のない、アパートやマンションのベランダでも野菜や果物を育てることができます。そんなことで、経済的なことよりも、癒しの一環としての、ベランダ園芸が持てはやされているのです。

そして、うまく育てれば、マンションのベランダでも、プランターでツル性のメロンや大きなスイカが育つから驚きです。自分が、毎日、水をやり、肥料を施し、陽当りを調整して育てたプランターから、収穫できるという歓びは実際にやったものでないかぎりは到底、理解できるものではありません。収穫の歓びは、ほんとうに楽しいものですね。

ところで、冒頭でもお聞きしましたが、あなたは、美味しいトマトを育てる方法をご存知ですか?

そんなの分かっているだろ!当たり前じゃん。そんなの聞くな!と言われそうです。

「十分な水をやり、肥料を施し、たくさん日光を当てれば、美味しいトマトが出来るのは常識だろ・・・」

そう言う声が聞こえてきそうですね。これは物事の道理で、常識ですよね。

でも、実際は、これでは美味しいトマトが育つどころか、このトマトは病気になるか、 病気は発生しないまでも、甘くて美味しいトマトは、決して育つことはありません。

常識では、充分な「肥料と水と光」があれば、美味しいトマトが育つように思いますが、 トマト農家の専門家によれば、あなたの答えた方法は間違っているのです。

ほんとうに甘くて美味しいトマトを育てる秘訣は・・・

実は、極限まで、「水遣りと肥料を控える」ことだそうです。

トマトさんに、そのときの状況を聞いてみました。

「トマトさん、あなたはどうして水も、栄養もギリギリまで与えてくれないのですか?」
そんな生き地獄のような生活に耐えられますね?」
トマトは答えました。

「そうなんだよ!理由は分からないけど、主人は、ほとんど、僕に、水や肥料をくれないんだ。」

「そのため、僕は死にそう。だから、きょうの日を精一杯に生きるために、必死に、食料(栄養、肥料)を探すため、地中深く根を張り巡らせて、食料(栄養)を探しまわらなければならないんだよ。」

「それと同時に、飲み水も充分に与えてくれないものだから、根から水を飲む(吸収)ことが出来ない、それで、僕(トマト)の全身を使って、空気中にある水分を吸収するしかないのさ、それで、僕の身体には、微小な産毛が生えているだろ?」

「地中深く根を張ること、産毛から空気中の水分を吸収すること」
ココがポイントです。

これがトマトさんから聞いた、極限に生きるトマトの苦しい胸の内なのです。

そうなんです。わたしたちが、このトマトから学べることがあるとすれば、 それは、「空腹が成長の源」だと言えるのかも知れません。

実際、「南雲吉則」という偉い先生が、「 空腹が人を健康にする」と言う本を発表していますので、興味のある方はご一読ください。

この一連のことから学べることは、幼少の頃から、何不自由なく、欲しい物、好きな物を与えられ、学校には、少しでも雨が降ると、車で送り迎え。夕食時には、魚の骨が、ノドに掛かっては大変だと、全部、小骨まで取り除いて、食べさせてくれる・・・

そんな環境の中で、当たり前のように育った子供が、丸大ハムの宣伝のように、「腕白でもいい逞しく育って欲しい」とは決してならないのではないでしょうか。過保護で育った子供が、雄々しく、力強く、優しく、人の痛みが分かる大人に成長する訳はないのです。

人は、自ら、辛さや苦しさや痛みを知り、そして、悔しい想いを経験して、初めて、人間らしい、他人を思いやれる大人に成長できるのだと思います。

そういうことから言うと、子供の頃から、何の障害もなく、苦労をすることもなく育っていった、順風満帆の人生が、逆に、その人をダメにすることは容易に察することができます。
そういう意味で言えば、わたしの人生や、あなたの人生は、実にありがたい、祝福された?人生を送っているものだと思う次第です。

空に飛び立つ飛行機をみたことがありますか?そして、その飛行機は、向かい風に向かって飛び立つことを知っていますか?
飛行機は、向かい風があるからこそ、大空に向かって、雄々しく飛び立つことができるのです。

飛行機が大空に離陸できる原理は、物理学の原理で言えば、揚力(上に飛び立つ力)ですが、それは、逆風(困難、苦難)があるからこそ可能なのです。
逆風がないと、飛行機は離陸することが出来ないのです。木枯らし舞う冬の季節には、春や夏と違い、離陸する方向は、北風に向かって飛ぶのです。

そういうことですから、人生上の逆風、困難、苦難、失敗、挫折と言うべきもの、その一つ一つが、あなたを幸せ世界に離陸させてくれようとする、 「大いなる存在」からの慈悲深い働きかけなのです。

つまり、人生に行き詰まりを感じた時こそ、一切、悲嘆にくれることはなく、実は、歓びが溢れるときなのかも知れませんね。行き詰まった時こそ、チャンス到来!かも知れませんね。
「幸せはボロをまとってやってくる」のです。

そんなことを、トマトが教えてくれているように思います。
きょうの日に感謝!

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2012/07/05

栗焼酎と偶然の一致

K1先日、玄関でピンポ~ン。チャイムが鳴ったので出てみると宅急便の人が立っています。普段、よくネットで買物をするのですが、このタイミングで着く買物はしていません。配達の人に聞くと、兵庫県に住んでいる病院の先生からです。この先生とは約二年前に知り合い、に住宅用の土地をお世話させて頂いた方です。早速、開けてみたところ、中身は栗焼酎。

K2ちょうど、この時、以前、北海道の方から、徳利状の容器に入ったジャガイモ焼酎「北緯44度」を送って頂いていましたが、ちょうど空きかけていた時でしたので「ラッキー!」ありがたくちょうだい致しました。この先生、いま徳島市内で地の利の良い、且つ、景色の良いところで、500坪以上の敷地を取得され、マイホームを建設中です。実は、その日の昼間、先生が購入された土地が見えるところを通ったのです。

K7その時、棟が立ち上がっているのを見て、アッ、いよいよ建築が始まったんだなあと、そして、初めて、先生をこの地にお連れした時の会話を思い出しながら通ったのです。偶然も偶然。好物の一品が届いたのは、その日の夕方です。昼間、偶然、近くを通り、先生のことを思い出した。帰ってみると宅急便。そして、北海道の方から送って頂いた「北緯44度」が残り僅かであったこと。

K4まさに絶妙のタイミングで物事が進行したのです。これこそシンクロニシティ、偶然の一致以外、何ものでもないでしょう。わたしには、このような偶然の一致現象がよく起こりますので、不思議でもなんでもないのですが、実は、こういった現象はわたしにだけ特に多いことではありません。ほんとうは、あなたにも、他の人達にもそれは毎日、頻繁におきていることなのです。

でも、毎日、慌ただしく生活していると、はっきりした「偶然の一致」以外は気付くことなく過ぎ去っていきます。しかし、この私たちの住む「現象界」では、人の想いと、その結果、現象とは密接に結び付いているのです。そのことに気が付きさえすれば、実は、毎日が偶然の一致の連続なのです。普段は、小さなことには気付きにくいだけで、何かそれらしいことが生じても、単なる偶然と片付けられがちです。

もちろん、その偶然の一致にはタイムラグがあり、いま、心に思ったことが、そしてイメージしたことがスグに、あなたの前に現れるとかは分かりません。でも、心に強い感情を伴って思ったことは、いずれ必ず、具体化するのです。そういうことですから、事件事故や災厄などの悪い偶然の一致を引き起こさないためにも、普段、何を思い、何を考えるのかということは非常に大切です。

そういうことですから、日頃から、クヨクヨしないで、楽観的に生きる。現象としての困難や苦難の中に感謝や幸せのタネを見付ける生き方。それが受容的な生き方です。どんなことがあっても、全てを受け入れる生き方をする方が確実にラクに生きられるし、ストレスはたまりません。

辛抱や我慢はよくありません。辛抱や我慢は嫌なこと、受け入れたくないことを無理して続けることでしょう。そうした辛抱や我慢を続けていると、いずれは臨界点に達し、心のメルトダウンです。自分の本心を偽ってはいけません。自分の本心に忠実に生きましょう。辛さ、苦しさ、悲しさの中に、幸せのタネを探すことが受容的な生き方なのです。

お酒の話が、たいそう飛躍した話になってしまいまして申し訳ありません。短い文章で、簡潔明瞭に表現できないものですから、長々と駄文になって住まいましたことをお詫び致します。それにしても、先生には、わたしが焼酎をこよなく愛していることを話したことはないのに、なぜ分かったのでしょうか。それにしても大変ありがたいことです。ちなみにわたしはアル中の大酒飲みではありません。念のため(感謝!了)

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2011/10/16

幸せの見付け方、幸福を感じる心の運び方
(その3/3)

(・・・・・昨日からの続き)
それは、その時点で、不都合なことや、苦しいこと、困難な問題が現れとしても、それは、その時点でのあなたの常識上の判断ですから、その事実が意味していることは、到底分かるものではありません。幸運が訪れる前には、一見、不幸な形をとって現れることはよくあることなのです。「幸福はボロをまとってやって来る」のです。

その時々で、幸せとか不幸とか思うのは、あなたがそのように思っているだけです。先ほどのコップの水のように、見る人により想いは違います。すべてはあなたの心の作用ですから、常識上の損得勘定だけで幸不幸を判断しないことです。

何かの抽選で、海外旅行が当選して、喜び勇んで行った現地で、事件事故に遭遇。そうした事実もありますし、また、予約を入れていた飛行機にのるため空港へ行くのに、渋滞に巻き込まれて飛行機に乗ることができず、悔やんでいたらその飛行機が行方不明になり、発見された時には、乗っていた人全員が死亡した事実もあります。

飛行機に乗り遅れたことだけ見ると不幸なことですが、後になって、その不幸な事実によって命が救われたということは、その人にとって実に、ありがたい現象が起きたのだと言えるでしょう。

物事をそういうように見ていきますと、とりこし苦労で、何でも物事を悲観的に見てしまう傾向がある人は、不幸だと思える現象に遭遇した時に、強く意識して、努めてですね、こじつけてでも、その事実から感謝できるような理由を探していくことがポイントです。生じた悪い念をそのままにしておかないことが大切です。それが、すべてを受け入れていくという生き方であり、受容的な人生なのだと思います。

このような受容的な生き方は単純作業ですからいつでもできます。一円のお金も不要です。人間は感情の動物ですから、日中、周囲の状況次第で、反射的に腹が立ったり、他人と言い争ったりしますが、実は、その時が気付きのチャンスでもあるのです。こじつけのタイミングは、あなたが、嫌なことや気分が悪くなった時、あなたが損をした、損をしそうだと思う時ですから、タイミングはスグ分かります。その一つ一つの作業が、霊性向上に欠かせないのです。

とりこし苦労が多いあなたが、実行することは一つ。それは、日々、あなたの周囲で起きるあらゆる出来事に対して、楽観的な解釈と正しい意味付けをすること。その作業こそが、あなたの霊性を向上させ、本当の幸せを見つけるための極意ではないでしょか!

一言で言えば、毎日の出来事に一喜一憂することなく自己の心を見つめる。それが本当の幸せを発見する道ではないでしょうか。

今回も、話があっちへ飛んだり、こっちへ行ったり、ダラダラと書いてしまいましたが、自身の文才のなさですね。(アカン!!要点を簡潔にまとめられるように修行させてくれてありがとうございます!)ですね。了

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2011/10/15

幸せの見付け方、幸福を感じる心の運び方
(その2/3)

(・・・・・昨日からの続き)
このように、一つの出来事や事実は、それをどのように捉えるかというのは、それを受け取る人の解釈の仕方によって異なると言うことなのです。

ここでは具体的な事件や事故を引き合いにして、説明を致しましたが、もっと抽象的に言うと、きょうは雨が降っているとした場合、この雨が降っていることは事実ですが、その雨が降ると言う事実を、うっとうしいと感じる人もいれば、待ちに待った雨が降ってきたと喜ぶ人もいるのです。

昔、歌謡曲に、「雨が~真珠の小粒なら~、恋はピンク~のバラの花~」という曲がヒットしたことがありました。いまの若い人は知らないと思いますが、恋人たちには、雨が降ると言う事実でさえ、溢れる歓びや幸せに感じてしまうということですね。

同じ雨が降っている事実も、現状、失恋や失業の憂き目にあって、辛さ、苦しみや困難のまっただ中にいる人にとっては同じ雨でも、暗く冷たい灰色の涙に見えるのかも知れませんね。

このことを仏教的な言葉で言えば「諸法無我」という言葉で表現しています。また、般若心経の一文「色即是空、空即是色」にも通じているのではないかと思います。

わたしは宗教者でないし、あなたと同じ迷い人ですから、まだまだ真髄は理解できませんが、誤解を恐れずに言えば、「諸法無我」とは、私たちの周囲で起きている「事実に意味はない」ということでしょう。そして、その事実に対して、どのような意味付けをするかは、それを受け取る人に任されているのであって、その事実自体は何も変わらないのです。

また、たとえ話ですが、「コップの中に、水が半分しか残っていない」と思い悲観する人もいれば、同じコップの中の水を見て、「まだ半分もある」と喜べる人がいるというのも、その事実を見ている人の思い方でしょう。このように私たちの周囲で、日々、起きている事実、現象は、コップの中に水が入っているということだけです。それを見る側の人が、もう半分しかないとか、まだ半分もあるのように意味付けしているのです。

もう一つ例を挙げると、勤めている会社が倒産して絶望を感じる人がいる反面、新たな出発のきっかけを与えてくれたと思う人もいるものです。同じ事実を一方は感謝に思い、片方は絶望を感じるのです。失恋して、悲哀に苦しみ、生きていくのが耐えられないと思うよりは、この失恋は本当のソウルメイトに出会うためのステップであったと解釈する方が幸せです。

過去の事実と、他人の心は、決して、あなたが変えることはできませんが、あなたの過去に起きた事実や、あなたの心の運び方、想い方は、あなた自身のことですから、たった今、決意さえすれば、良くも悪くも解釈できることなのです。

今の時代を生きている私たちですが、生きて生活していると、聖人君子でない限り、前途に色々な困難や辛いこと、悲しいことが起こって来るでしょう。そのことに対して心が押しつぶされるようなこともあるかも知れません。でも、その時が気付きのポイントなのです。 (・・・・次に続く)

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2011/10/14

幸せの見付け方、幸福を感じる心の運び方
その(1/3)

20111010_002幸せを感じる心の想い方について述べてみたいと思います。長いため3分割にさせて頂きました。

先日、九州大学で、劇毒物のヒ素化合物がなくなったということで大騒ぎになったのは記憶に新しいことですね。その後の調査で、紛失したはずのヒ素化合物は同じ教室から発見され、関係者一同がホッとしたのも束の間、九州大学の担当准教授は、マンションから飛び降り自殺してしまいました。

Sbca0114また、一方、昨年5月に、北海道JR石勝線トンネル内で列車脱線炎上事故が発生したことの責任をとって、JR北海道の社長が、遺書を残して行方不明。


後日、北海道小樽市オタモイ海岸の沖合で、遺体となって浮いているのが釣り人によって発見されたそうです。

過去にも、当事者が何かの責任をとって自殺するという事件は、数多く報道されてきましたが、今回の九州大学でのヒ素紛失事件は、ヒ素化合物の管理責任者である准教授が、思い違いをしていたと言うだけで、ヒ素化合物が盗み出されて、テロ犯罪に利用されて死亡者が出たとか、健康被害が生じたということもない訳ですから、記者会見で「すみませんでした。今後は十分気を付けます」と言うことで良かったのではないかと思うのですが。

もう一つのJR北海道のトンネル内火災事故にしても、重大な事件ではありますが、そして、会社の代表者としての責任は免れないと思いますが、結果的に一人の死亡者も出なかった訳ですから、何も自殺までして、責任を取るようなことはなかったと思うのですが・・・あなたはどのように思うのでしょうか?

同じJRの列車事故といえば、約6年前の2005年4月に、JR福知山線で100人以上が死亡、5百数十名が負傷するという未曾有の大惨事が起きたのは記憶されていると思いますが、当時の社長や担当役員は責任の有無を裁判で争っている状況です。

その他、障害者郵便制度悪用事件では、証拠偽造の罪で主任検事、前田恒彦が逮捕されるという前代未聞の事件がありました。その一連の報告を受けていたとされる、大阪地検特捜部の部長、副部長が犯人隠避の罪で逮捕されるというビックリするような事件が起こりましたネ。

公判の中で、検察側証人である同僚検事が、前田検事から聞かされた偽造の経緯を上司に報告したと証言しています。そして、その時のやり取りなども明らかとなっています。それなのに二人の上司は、そんな事実はないと完全否定です。ただし、この事件はまだ、その事実を争って裁判中でありますので、断定的なことは言えませんが、真相はそのうちに明らかになるでしょう。

今回、わたしは、幸せな想いということを説明するために、一連の事件や事故を取り上げましたが、目的は事件事故を評価、評論しようとしている訳ではありません。

これらのことから思うに、同じ事実でも、人によって、解釈や受け取り方や思い方が違うと言うことを言いたいのです。一つの出来事を重大に、且つ深刻に捉えて悩み苦しむ人がいる反面、多数の死者が出るような事件事故を起こした当事者であっても、わたしは無関係と主張する人もいると言うことです。(・・・・次に続く)

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2011/09/30

大神子海岸への道で、本当の幸せについて思うこと

Kaihubessoきょうで9月も終わり、明日からは10月。あれほど暑かったのに、いつの間にか、もう衣替えの季節ですね。

夕方、大神子海岸へウォーキング。大神子区域公園に植えられている金木犀の花が咲き始めています。
まだ、小さな花々は少ししか見当たりませんが、ものすごく良い匂いが漂ってきます。テレビショッピングのウォーキングマシンでは決して味わえませんね。なんとか化学の合成の香りがどんなに優秀であろうと、自然のものにはかないません。感動です!

Kaihugawaウォーキングで歩いていると、大神子海岸へのドライブウェー途中に、小さなマムシの子供が死んでいました。普通、マムシは早朝によく見かけるのですが、日の暮れに見るのはたいへん珍しいですね。

以前は、早朝ウォーキングで、夏場だと頻繁にマムシを見ましたが、このように夕方に出没するのは、経験上、たいへん珍しい気が致します。

きょう見たマムシは、車に轢かれてスグのような感じでしたので、さっきまでは動いていたのでしょう。毎年、大神子周辺では、山菜採りでマムシに噛まれた話を聞きますので、クワバラ、クワバラです。

また、自宅から1500m付近の大きなカーブに近付くと、向こうの方で、毎度のことながら野良猫が迎えてくれます。「ニャオー~」。50mも離れたところからも呼ぶような声が聞こえてくるのです。

兄弟か姉妹かは不明ですが、野良猫は、いつも2匹います。そのどちらかかは、わたしには分かりませんが、いつもの場所付近に近付くと、呼ぶような鳴き声が聞こえるのです。この猫のために、どこかのおばさんが、エサを持ってきて、与えているのですが、わたしはエサをやったことはありません。それなのに毎日、決まって「ニャオー~」です。こんど魚でも釣って持って行ってやろうかなぁ。

ほとんど毎日、ネコ達は、「ニャオー~」って迎えてくれるので、わたしも真似して、「ニャオー~」って言ってみると、猫達は、それにあわせて、何度でも鳴き返してくるという具合です。まさか、わたしを同じ猫の仲間だと思っていることはないと思いますが・・・。

その場所から、500~600m離れた場所の小さな池では、ガーコ(野良アイガモ)が待ってくれています。池のどこにいても、わたしが池のそばに来ると、「グェ、グ、グ~」と首を伸ばして近づいてきます。何度か、持っていたピーナッツをやったことを覚えているのかも知れませんね。

「井の中の蛙大海を知らず」ということわざがありますが、このアイガモは、一羽、わずか直径10~20mほどの小さな池に来て、もう2年ほどになります。大雨が振っても、北風が吹き荒れても、その小さな池の中を泳ぎ回っています。

「青年よ大志を抱け」と言って、夢を実現するために海外に出て、事件や災害にあい命を落とす例もあります。それなら、大志は実現しなくても、いま、自分の与えられた境遇の中で、それに抵抗するのではなくて、どっぷりと浸かり、精一杯に生きていくのも幸せの一つではないかと思う次第です。

良い学校へ入学し、勉学に励み、大企業や官庁に就職しするのが順風満々の人生ではありません。
最近の北海道であった鉄道事故が記憶に新しいですが、どんなに出世しても、社長に登りつめたとしても、自殺しなければならないような人生は、決して幸せなはずはありません。

どんなに名声を得て、社会的に出世しても、その立場立場で、いろんな悩みや苦労があるものです。逆に、ホームレス状態であっても、心が満たされた状態では、その人は不幸ではありません。

本当の幸せとは、実は、心が満杯の状態です。不幸な状態を、わたしは満たされないと言いますが、その反対で、心がいつも満たされた状態では、いつも幸せが溢れている状態です。

まだ、栓を開けていないサイダーの瓶を見てください。ラムネやジュースでも同じです。瓶の容量一杯は入っていませんね。もちろん中身がです。瓶の容量が心と例えると、その中身は私たちの欲望です。私たちは、いつも、あれが欲しい、これも欲しい、もっと欲しいと、いつもその心の容量を際限なく広げるのです。あたしゃ、他人に負けるの大嫌いといって、いつも大きな目標をふくらませるのは良いのですが、現状に満足できないため、心に例えた瓶の上部には、いつも空気の部分が生じてしまうのです。これが満たされない状態です。

よく、わたしは満たされないと言いますが、満たされない状態とは、心の中に生じた隙間のことです。それは、つまり不幸な状態です。こういう状態ではいつ迄経っても、どんなにイメージトレーニングに励んでも、マーフィーの法則を実行しても、また、自己暗示しても心が満たされることはありません。もし、あなたが、ほんとうに幸せになりたいのなら、その場、その場で起こりうることや、遭遇することに100%身を合わせていけば、決して、心の隙間は生じることはないのです。心が満たされることが幸せでしたね。

その具体的処方箋は、いついかなる時でも、どんなこともこんなことも、すべての状況を否定するのではなく、それは、わたしにとって、キッと何か意味のあることだと100%受け入れていけば、心の隙間はいつも満たされた状態になるのです。すなわち、それが心が満たされるということでしょう。それが、ほんとうの幸せな境地なのです。まさに、「水は方円の器に随う」の境地です。

ウォーキングの話からまたまた、話がそれてしまいましたが、幸せとは、決して、他人が与えてくれるものではないのです。また、努力して獲得するものでもないのです。そのことに気が付きさえすれば、そこがあなたの永遠の天国なのです。

きょうも話が、少し飛躍してしまいました。長々とお付き合い下さいまして誠にありがとうございます。


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2011/09/16

本当の幸せを見つける、幸せ発見の法則

Omikohamabe「本当の幸せに至る方法がある」のです!

実は、幸せとは、追い求めるものではなくて発見するものです!
健康であって、幸せな生活は、万人の共通の願いです

が、幸せになりたい、健康になりたい・・と思い続けている間は、

いつまで待っても本当の幸せはやって来ないし、健康にもなれません。

潜在意識の法則によると、

私達が、何かを願う状態は、、その願った結果、
何が実現するのかと言えば、

「幸せになりたいと、幸せを願っていて、今は幸せでない状態」

そして、

「健康になりたいと、健康を願っていて、今は健康でない状態」

を招きよせてしまうのですね。

そういうことですから、幸せを願うのであれば、気付きを深め、
あなたの想いを変えて、現実の状況はどのようであっても、
その現状を受け入れるということです。
そして、その受け入れるとは、その現状に感謝ができるかと言うことです。
その結果、受け入れることができて、感謝ができたのなら、
心の奥から、歓びが溢れ出てくるでしょう。
このようにして、

あなたの心の中を、溢れる歓びで満たすことが大切なんですね!

でも、今、「自分は不幸や困難の真っ只中にいるのに、
歓びが溢れるなんてありえない・・・」

そう思うのは、常識上の道理です。

そういうことですから、その心境に至るのは、チョッと気付きが必要なんですね。

当たり前のことが当たり前でなかった気付き、
困難だと、苦難だと思っていたのに、実は、そうじゃなかったんだと・・・

世の中には、生きたくても明日を生きられない命があることに
思いを馳せましょう。

あなたは自分を不幸だと思っていますね。
でも、考えようによっては、その苦難やつらい思いは、

あなたの心を磨くための砥石だった・・
と思うこともできるのですね。

他人と過去の事実は、だれにも変えることはできません。
でも、過去の事実の意義は、あなたの想い方一つで変えることができます。

気付きを深めて、ほんとうの幸せを発見しましょう。

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